UXブログ

UXトピック   2020.05.22

日本と海外の「ユーザーエクスペリエンス(UX)」の違い

論理のUXとアートのUX

UXのお仕事を始めていらい、海外のお客さまからのご依頼での調査や、海外のカンファレンスに参加することが多かったのですが、日本と海外では「UX」ということばが意味するところが少し違うなと思うところがありました。

日本では当初、自動車などのハードウェア業界で「人間工学」が実践されてきた歴史が長いからか、数値化できる「経験」(たとえばタブレットにタッチするときに最適な圧力はどのくらいかなど)のことを「ユーザーエクスペリエンス(UX)」と言うことも多かったように思います。

それに対して海外(欧米)でいうところのUXは、製品とユーザーとの関係、つまりユーザーが製品を利用する際の状況(=コンテクスト、文脈)や、そのときの感情のほうがより重視されていました。そのためか、海外のUXカンファレンスでは「ユーザージャーニー(お客さまと製品との関わり)」などのことばもまだあまり認知されていないうちから、「マンガを利用してユーザーストーリーを共有する」とか、「ユーザーにとってのハイポイントとローポイント(気分がアガる場面と下がる場面)を考えてサービス設計する」などといったワークショップが多く開催されていました。

つまり、海外ではごく早いうちから「ユーザーにこんな体験をして欲しい」という命題に向かって製品やサービスを設計するのにUXを利用していたと言えます。

  • 日本のUX=「データ・論理(積み上げ式)」=「演繹的」
  • 海外のUX=「アート(ものがたり式)」=「帰納的」

こんなふうに言えるのかもしれません。

なお日本でも、近年では「サービスデザイン」と言われる手法で、海外で以前から実践されてきた「ものがたり式」のアプローチを取ることが増えてきました。

ぶれない「ものがたり」を描くために

誰もがご存じのアメリカのIT企業でUXリサーチャーをされていた方が、仕事で最も苦労するのが調査結果やそこから得られたインサイト(洞察、見識)やアイデアを、開発チームなど社内の他部署にどのように展開し説得するのかということだとおっしゃっていました。その方は、たとえばカフェテリアなど部署に関係なく社内のスタッフが集う場所に、調査チームが調査から導いた結論を紙に書いて貼り出し、サービス設計や改善に対する共通認識を持ってもらえるようにしていたそうです。

ソフトウェア工学やシステム工学では、「ユースケース」を利用して、利用者とシステムとのやり取りと、その際のシステムの挙動や機能を定義していきます。これに対し、UXではもっと大きな範囲―利用者の生活の中で、製品やサービスがどのような関わりを持ち、いつ、どのように、どんな利便性や喜び・幸せを提供していくのか―を考え、それがぶれないように「ユーザージャーニーマップ」などの手法を利用して製品やサービスの提供に関わる人の共通認識にしていきます。

「利便性」の部分は機能の改善など「論理」でも達成できますが、「喜び・幸せ」を定義するのは感受性や想像力が必要なアートの領域です。どちらが欠けてもよい製品やサービスは生まれません。縦割り組織の弊害は海外でも課題になっており、開発過程で製品やサービスのコンセプトがぶれないよう、10年くらい前から海外のUXイベントでは「UXを製品開発の軸にする」とか、「組織にUX文化を定着させる」ことが盛んにワークショップのテーマになっていました。

「数値化」は、いわゆるKPIとして結果を可視化しやすいのですが、それはあくまでも目的地に到達するための手段であって、目的や理想といった「ものがたり」を描くのは想像(創造)力です。日本でも、論理的アプローチに加えて、理想とするユーザー体験を描き、そこからあるべき製品やサービスを設計するアプローチもまた定着していくことを願っています。

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